アカハライモリ保護の現状と課題:ため池・水路環境の保全と市民参加型モニタリング
アカハライモリ保護の現状と課題:ため池・水路環境の保全と市民参加型モニタリング
日本の里山環境に広く生息してきたアカハライモリ Cynops pyrrhogaster は、かつては普通に見られる両生類でしたが、近年、多くの地域で個体数の減少が指摘されています。本種は環境省のレッドリストでは情報不足(DD)と評価されていますが、多くの都道府県では絶滅危惧種として指定されており、地域によっては絶滅の危機に瀕しています。この状況を受け、各地でアカハライモリの保護に向けた様々な取り組みが進められています。本記事では、アカハライモリの現状、保護における課題、そして具体的な保護活動、特にため池や水路の環境保全と市民参加型モニタリングの可能性に焦点を当てて解説します。
アカハライモリの生態と減少の背景
アカハライモリは、日本固有のイモリ科両生類であり、本州、四国、九州とその周辺島嶼に広く分布しています。平地から山地の池沼、水田、湿地、緩やかな流れのある水路などを主な生息場所としています。繁殖期には水中で生活し、水草などに卵を産み付けます。孵化した幼生は水中で育ち、夏から秋にかけて変態して上陸し、落ち葉の下や石の下などで越冬します。成熟した個体は再び水辺に戻り、繁殖を行います。寿命は長く、飼育下では20年以上生きることも知られています。食性は動物食で、水生昆虫、ミミズ、小型の甲殻類などを捕食します。
アカハライモリの減少の主な要因としては、以下が挙げられます。
- 生息環境の破壊・劣化: 圃場整備による水路のコンクリート化や三面張り化、ため池の埋め立てや改修(急な護岸化)、都市化による湿地の消滅、休耕田の放棄による乾燥化などが、繁殖や生育に適した水辺環境を失わせています。
- 外来種による捕食・競争: ウシガエル、アメリカザリガニ、特定外来生物であるアライグマ、ヌートリアなどが、アカハライモリの卵、幼生、成体を捕食します。特にウシガエルやアメリカザリガニが多産する水域では、アカハライモリの繁殖が阻害される事例が報告されています。
- 環境汚染: 農薬や化学物質の流入が、水質を悪化させ、イモリやその餌となる水生生物に影響を与えます。
- 違法採取: ペット目的での採取も、地域によっては個体群に影響を与える可能性があります。
これらの要因が複合的に作用し、各地でアカハライモリの生息状況が悪化しています。
保護活動の現状と具体的な手法
アカハライモリの保護活動は、主に生息環境の保全・再生、外来種対策、個体数モニタリングなどを中心に行われています。
生息環境の保全・再生
アカハライモリにとって最も重要なのは、繁殖と生育に適した水辺環境が存在することです。具体的な取り組みとしては、以下のような手法が取られています。
- ため池の改修: 伝統的なため池は、緩やかな斜面を持ち、水草が豊かに茂り、落ち葉などが堆積する場所が多く、アカハライモリの生息に適しています。ため池の改修を行う際には、垂直なコンクリート護岸ではなく、緩やかな土の斜面を残したり、イモリが上陸・移動しやすい構造(例:魚道のような通路、陸上部への連続性)を設けたりする配慮が必要です。また、水草を回復させることも重要です。
- 水路の改良: コンクリート三面張りの水路は、イモリにとって移動や隠れ家がなく、繁殖にも不向きです。水路の一部を土水路に戻したり、底に砂礫や土を敷いたり、岸辺に植生を導入したりする改良を行うことで、生息環境としての機能を回復させることができます。
- 湿地の保全: 湿地はアカハライモリの越冬場所や移動経路として重要です。開発による湿地の埋め立てを防ぎ、適切な水位管理や植生管理を行うことが求められます。
- 周辺環境との連携: 水辺だけでなく、ため池や水路の周辺にある森林や草地も、上陸後のアカハライモリの生活や移動経路として重要です。水域と陸域の連続性を保つことが、健全な個体群を維持するために不可欠です。
外来種対策
ウシガエルやアメリカザリガニ、アライグマなどの外来種は、アカハライモリの生存を脅かす深刻な要因です。効果的な外来種対策は保護活動において非常に重要です。
- 捕獲: 外来種の捕獲は、個体数を抑制するための直接的な手法です。ウシガエル成体やオタマジャクシ、アメリカザリガニの捕獲などが各地で行われています。特にウシガエルのオタマジャクシは大型で捕食性が高いため、繁殖期の捕獲が効果的とされます。
- 侵入防止: 外来種が侵入しやすい場所(例:隣接する水域からの流入)に柵やネットを設置することも検討されますが、広範な対策は困難な場合が多く、侵入後の対策が中心となることが多いです。
外来種対策は継続的な取り組みが必要であり、地域住民やボランティアの協力が不可欠です。効果的な捕獲手法や、特定外来生物に関する法的な制約についても理解が必要です。
個体数モニタリング
保護活動の効果を評価し、生息状況の変化を把握するためには、継続的なモニタリングが重要です。アカハライモリのモニタリングにはいくつかの方法があります。
- タモ網や捕獲器による調査: 水中でタモ網を用いてイモリを捕獲したり、捕獲器(例:もんどり)を設置したりすることで、個体数や生息密度を推定できます。捕獲した個体は、体サイズや性別を記録し、写真撮影などで個体識別(腹部の斑紋は個体ごとに異なる)を試みることも可能です。
- 卵塊調査: 繁殖期に水辺の植生に産み付けられた卵塊をカウントすることで、その年の繁殖状況やメス個体の活動を把握できます。
- 幼生調査: 夏にかけて水中で成長する幼生をタモ網などで捕獲し、密度や成長段階を調査することで、その年の再生産成功度を評価できます。
これらの調査は、時期や方法を標準化して継続的に行うことが、長期的なデータ蓄積と傾向把握のために重要です。
市民参加型モニタリングの可能性
アカハライモリは比較的見つけやすく、捕獲も容易であるため、市民参加型モニタリングに適した種と言えます。地域住民やボランティアが主体となったモニタリングは、広範囲の生息状況を把握する上で非常に有効です。
市民参加型モニタリングを成功させるためには、以下の点に留意が必要です。
- 調査方法の標準化: 誰でも正確なデータを採取できるよう、調査手順(調査地点、調査時間、使用する道具、データの記録方法など)を明確に定めたマニュアルを作成・提供すること。
- 研修会の実施: 参加者に対し、アカハライモリの生態、適切な捕獲・観察方法、安全対策、記録方法などに関する研修を実施すること。
- データ管理とフィードバック: 収集されたデータを適切に管理・集計し、参加者にフィードバックすることで、活動へのモチベーション維持と成果の共有を図ること。オンラインツールやスマートフォンのアプリを活用することも有効です(例:調査地情報、捕獲数、体サイズなどを入力・共有できるシステム)。
- 専門家との連携: データの信頼性を高め、より深い分析を行うために、研究者や専門機関との連携を図ること。
市民参加型モニタリングによって得られたデータは、アカハライモリの正確な分布域や個体数変動を把握する上で貴重な情報となります。これにより、重点的に保護すべき水域の特定や、実施した環境保全策の効果検証などに役立てることが期待できます。
成功事例と今後の展望
特定の地域では、住民団体と行政、研究機関が連携し、ため池の環境改善や外来種駆除を継続的に行った結果、アカハライモリの個体数が回復した事例も報告されています。例えば、緩やかなコンクリート護岸を土の護岸に戻し、抽水植物や沈水植物を植栽したため池で、改修後にアカハライモリの繁殖活動が活発になり、幼生の生息密度が増加したという報告があります。また、特定の水域で集中的にウシガエルやアメリカザリガニを捕獲し続けることで、アカハライモリの生息状況が改善された事例も見られます。
今後のアカハライモリ保護においては、以下のような視点が重要となります。
- 広域連携: アカハライモリは地域間で移動する可能性があり、遺伝的な交流も考慮する必要があります。複数の生息地をネットワークとして捉え、地域間の連携を図りながら保護活動を進めること。
- 遺伝的多様性の保全: 地域ごとの個体群が持つ遺伝的な多様性を維持するため、過度な分断を防ぎ、必要に応じて遺伝的に健全な個体群の維持を目指すこと。
- 気候変動への適応: 気候変動による乾燥化や水温上昇が、水辺環境に影響を与える可能性も考慮し、よりレジリエンスの高い生息環境の創出を目指すこと。
- 科学的根拠に基づいた活動: モニタリングデータや研究成果に基づき、最も効果的な保護手法を選択・実施すること。
まとめ
アカハライモリは、日本の里山が持つ多様な生態系を構成する重要な要素です。その減少は、生息環境の悪化や外来種の侵入といった、里山全体の環境変化を示すバロメーターとも言えます。アカハライモリの保護は、単一種の保護に留まらず、ため池や水路、周辺の二次林といった里山の水辺環境全体を保全・再生することに繋がります。
現場で活動されている皆様にとって、アカハライモリのモニタリングは、地域の水辺環境の健全性を把握し、日々の活動の成果を確認するための有効な手段となり得ます。市民参加型モニタリングは、多くの人々の関心を引き出し、保護活動の担い手を増やす上でも大きな可能性を秘めています。
アカハライモリを含む両生類の保護に関する最新の研究成果や、各地での具体的な活動事例については、関連するNPO/NGOのウェブサイト、地方自治体の自然保護に関する報告書、日本両棲類研究所などの研究機関の発表、学会(例:日本爬虫両棲類学会)の発表などを参照されることをお勧めします。また、地域の生物多様性に関するイベントや研修会に参加することも、情報交換や連携の機会となります。
アカハライモリが生息する豊かな水辺環境を取り戻すためには、科学的知見に基づいた継続的な保護活動と、地域住民を含む多様な主体の協働が不可欠です。身近な水辺に関心を持ち、アカハライモリの姿が再び普通に見られるようになることを願っています。