アホウドリ保護の最前線:繁殖地拡大に向けた取り組みと最新技術
はじめに:絶滅の危機から希望へ
アホウドリ Phoebastria albatrus は、かつて北太平洋に広く生息していた海鳥ですが、20世紀初頭にかけて羽毛採取を目的とした乱獲により激減し、一時は絶滅寸前となりました。しかし、その後の保護活動により個体数は回復傾向にあり、現在は国の天然記念物および絶滅危惧種に指定されています。本記事では、アホウドリのこれまでの保護の歴史を振り返りつつ、現在の保護活動、特に繁殖地の分散・拡大を目指す取り組みと、現場で活用されている最新の技術について詳しくご紹介いたします。
アホウドリの生態と保護の経緯
アホウドリは大型の海鳥で、翼を広げると2メートルを超えます。繁殖期以外は広大な北太平洋を回遊し、魚類やイカなどを捕食して生活します。繁殖地は限られており、主な繁殖地は東京都鳥島の急斜面や、近年定着が進む伊豆諸島の聟島(むこじま)など、特定の島嶼部に集中しています。
明治期には推定数百万羽が生息していたとされますが、羽毛採取のための商業捕獲により、1930年代には生息数がわずか数十羽まで激減しました。戦後、捕獲が禁止され、鳥島が天然記念物に指定されるなどの保護策が講じられた結果、徐々に個体数は回復を始めました。しかし、主要繁殖地である鳥島が活火山であるため、噴火による壊滅的な影響を受けるリスクを常に抱えています。このリスク分散のため、新たな繁殖地を確保することが重要な課題となりました。
繁殖地拡大を目指す取り組み:聟島プロジェクト
鳥島のリスクを回避し、アホウドリの安定的な個体群を維持するため、環境省や山階鳥類研究所を中心とした関係機関は、人為的に新たな繁殖地を創設する試みを進めてきました。その代表的な成功事例が、小笠原諸島の聟島への誘致プロジェクトです。
このプロジェクトは、以下の段階を経て実施されました。
- 候補地の選定: 噴火のリスクがなく、ネズミなどの捕食動物がいないか、または駆除可能な島を選定しました。聟島はかつてアホウドリの繁殖記録があり、無人島であることから適地として選ばれました。
- 環境整備: アホウドリが営巣しやすいよう、植生を一部整備しました。また、導入されたネズミなどの外来捕食動物の徹底的な駆除を行いました。ネズミ駆除には、殺鼠剤の設置やトラップの設置など、様々な手法が用いられました。駆除後のモニタリングにより、再侵入がないか継続的に監視されています。
- 個体誘致: アホウドリが新しい場所を認識し、飛来・定着するように促すため、以下の手法が用いられました。
- デコイ(模型)の設置: 繁殖しているアホウドリの群れのように見える精巧な模型(デコイ)を設置し、飛来した個体が安心感を抱くようにします。デコイの配置や姿勢は、実際のコロニーを参考に調整されます。
- 音声再生(サウンドプレイバック): アホウドリの鳴き声やコロニーの騒がしさを録音した音声をスピーカーから再生し、仲間がいることを示唆します。特に繁殖初期のディスプレイコールなどは誘致効果が高いとされています。
- 雛の移送(フラグリング): 鳥島で生まれた雛の一部を聟島へ移送し、そこで給餌・育成します。鳥類は生まれた場所を繁殖地として認識する性質が強いため、この手法により聟島を「故郷」として認識させ、将来的な繁殖個体とする狙いです。
これらの取り組みの結果、2008年に聟島で初めてアホウドリのペアが確認され、2011年には移送された雛が成長して戻り、初めて繁殖に成功しました。以降、聟島での繁殖個体数は順調に増加しており、新たな繁殖地創設という目標が達成されつつあります。これは、国内外の海鳥保護活動における画期的な成功事例として注目されています。
最新のモニタリング技術の活用
アホウドリの保護活動では、個体数や繁殖状況、生息環境の変化を正確に把握するためのモニタリングが不可欠です。近年の技術発展により、以下のような新しいモニタリング手法が活用されています。
- GPSロガーによる行動追跡: 個体に小型のGPSロガーを取り付け、その後の移動経路や採餌場所、行動圏を詳細に把握します。これにより、未知の採餌海域の特定や、漁業域との重複、混獲リスクの評価などが行われています。
- 自動撮影カメラ: 営巣地や集結地に設置し、個体の飛来状況や繁殖行動を自動的に記録します。人間の立ち入りを最小限に抑えつつ、長期間にわたる詳細なデータを取得できます。
- ドローンを用いた調査: 広範囲にわたる繁殖地の個体数カウントや、地形の変化、植生の状況などを上空から効率的に調査します。急峻な地形が多い繁殖地において、安全かつ詳細なデータ収集が可能になります。
- リモートセンシング・衛星画像解析: 繁殖地の植生被覆率の変化や、広域の海洋環境(海面水温、クロロフィル濃度など)を衛星データから解析し、アホウドリの生息環境との関連性を評価します。
これらの技術により、より客観的で詳細なデータを継続的に収集できるようになり、保護計画の立案や評価に役立てられています。
現場での課題と今後の展望
アホウドリの保護活動は多くの成果を上げていますが、いくつかの課題も存在します。
- 自然災害リスク: 主要繁殖地である鳥島は活火山であり、いつ噴火が起こるか予測が困難です。新たな繁殖地として聟島への定着が進んでいますが、さらなる分散や個体群規模の拡大が必要です。
- 海洋環境問題: 漁業における混獲(特に延縄漁業)や、海洋プラスチック汚染は、アホウドリを含む海鳥類にとって依然として大きな脅威です。これらの問題には、国際的な枠組みでの対策や、漁業者との協力が不可欠です。
- 広域的なモニタリング: アホウドリは繁殖期以外は広大な海域を利用するため、その全体像を把握するには国際的な連携や高度な技術が必要です。
今後の展望としては、聟島以外の候補地への誘致、気候変動による海洋環境の変化への適応策の検討、そして市民や企業との連携を強化した普及啓発活動などが挙げられます。特に、海鳥の保護には海洋環境全体の保全が不可欠であり、陸上での活動に加えて、海の環境問題への関心を高めることも重要となります。
まとめ
アホウドリの保護活動は、絶滅寸前から個体数回復へと導いた日本の自然保護における重要な成功事例の一つです。この成功は、長年にわたる研究に基づいた科学的なアプローチと、現場での粘り強い取り組み、そして関係機関の連携によって支えられています。
特に、聟島への繁殖地拡大プロジェクトで示されたデコイや音声再生、雛の移送といった実践的な誘致手法や、GPSロガー、ドローンなどの最新技術を駆使したモニタリングは、他の海鳥や広域移動性の動物の保護活動にも応用可能な貴重なノウハウを提供しています。
アホウドリが真に安定した個体群を維持できるようになるためには、火山リスクの分散、海洋環境問題への対策、そして継続的なモニタリングと研究が不可欠です。現場での活動に携わる方々や、これから活動に関心を持つ方々にとって、アホウドリの事例は多くの示唆を与えてくれるでしょう。さらなる詳細な情報や、活動への参加方法については、環境省、山階鳥類研究所、または関連する自然保護団体のウェブサイトなどを参照されることをお勧めいたします。