特定動物レスキューファイル

ニホンイシガメ保護の現状と課題:地域での外来種対策とモニタリング手法

Tags: ニホンイシガメ, 絶滅危惧種, 保護活動, 外来種対策, モニタリング

はじめに:日本の固有種ニホンイシガメの現状

ニホンイシガメ Mauremys japonica は、日本固有のカメであり、古くから日本の里山や水辺環境に生息してきました。かつては比較的普通に見られた種でしたが、近年の環境変化により個体数が減少し、現在では環境省のレッドリストで絶滅危惧II類(VU)に指定されています。この美しいカメを未来へつなぐためには、その生息状況を正確に把握し、効果的な保護活動を推進することが喫緊の課題となっています。

ニホンイシガメを取り巻く現状と主要な課題

ニホンイシガメの個体数減少の背景には、複数の要因が複合的に関与しています。

第一に、生息環境の劣化と分断が挙げられます。圃場整備による水路の三面張り化やため池の改修、都市化に伴う湿地の消失などにより、繁殖や越冬に適した環境が失われています。また、道路の建設などによる生息地の分断は、個体群間の交流を妨げ、遺伝的な多様性の低下を招く可能性があります。

第二に、ペットとしての利用と遺棄です。ニホンイシガメはその姿から人気があり、野生個体の捕獲や飼育個体の不適切な管理、あるいは飼育放棄による野外への遺棄が発生しています。これは野生個体群への直接的な圧迫となると同時に、遺伝的撹乱や病気の伝播のリスクも生じさせます。

そして、ニホンイシガメ保護における最大の課題の一つが外来生物の影響です。特に、特定外来生物であるアライグマによる捕食は、卵や幼体の生存率を著しく低下させる深刻な要因です。また、同じく特定外来生物であるカミツキガメや、広く定着しているアカミミガメとの競合や交雑(いわゆる「イシガメモドキ」問題)も懸念されています。これらの外来生物は繁殖力が強く、ニホンイシガメの生息地を脅かしています。

地域における具体的な保護活動と手法

これらの課題に対し、全国各地で行政機関、研究者、NPO/NGO、そして地域住民やボランティアが連携し、多様な保護活動が行われています。

生息環境の保全・再生

ニホンイシガメが生息できる環境を維持・創出するための活動は基盤となります。具体的には、以下のような取り組みが見られます。

外来生物の捕獲・駆除

アライグマや特定外来生物カメ類の捕獲・駆除は、ニホンイシガメの生存率向上に直結する重要な活動です。

個体群モニタリング

保護活動の効果を評価し、現状を正確に把握するためには、科学的なモニタリングが不可欠です。

モニタリングで得られたデータは、単に個体数の増減を追うだけでなく、捕獲再捕獲法で得られた個体ごとの成長速度や移動分散、生存率などの詳細な情報を分析することで、個体群動態をより深く理解するための基礎となります。例えば、特定の場所に設置した箱ワナによる捕獲効率のデータや、定点で撮影した自動撮影カメラのデータなどを収集し、時系列で解析することで、外来生物の活動パターンや密度を推定し、効果的な捕獲戦略を立てるための重要な示唆を得ることが可能です(図1を想定した説明)。

啓発活動

ニホンイシガメとその生息環境への理解を深めるための啓発活動も重要です。学校での環境教育、地域のイベントでの展示、ウェブサイトやパンフレットでの情報発信などを通じて、外来生物問題の深刻さや、安易なペットの購入・遺棄が引き起こす問題について訴えかけます。

成功事例と今後の展望

特定の地域では、集中的な外来生物駆除と生息環境の整備を組み合わせた結果、ニホンイシガメの幼体の発見率が上昇するなど、回復の兆しが見られる事例も報告されています。これらの成功事例から得られるノウハウ、例えば地域住民を巻き込んだ継続的な捕獲体制の構築や、効果的なモニタリング手法の選択とその実施体制、捕獲個体のデータを効率的に管理・分析するための仕組みなどは、他の地域での活動の参考となります。

また、近年ではモニタリング技術も進化しています。環境DNA(eDNA)分析により、水中のDNAからカメの生息を検出する試みや、AIを活用した画像解析による自動識別技術などが研究されており、将来的にモニタリングの効率化や精度向上に貢献することが期待されます。

ニホンイシガメの保護は、単一種の保護にとどまらず、里山の水辺環境全体の健全性を保つことに繋がります。今後の展望としては、より広域での個体群ネットワークを考慮した保護計画の策定、地域間の情報交換と連携の強化、そして科学的データに基づいた効果的な活動計画の継続的な見直しが重要となります。

活動への参加

ニホンイシガメ保護の現場では、多くのボランティアの力が必要です。各地の自然保護団体や自治体では、外来生物の捕獲、モニタリング調査への協力、環境整備、啓発活動など、様々な形でボランティアを募集しています。もしご関心があれば、お住まいの地域や活動に関心のある地域の自然保護関連の部署や団体に問い合わせてみることをお勧めします。現場で得られる経験や情報は、書籍やインターネットだけでは得られない貴重な学びとなるでしょう。

まとめ

ニホンイシガメは、日本の豊かな水辺環境を象徴する大切な生き物です。生息地の減少、ペット問題に加え、特に外来生物による脅威は深刻ですが、地域での継続的な外来種対策、科学的なモニタリング、そして生息環境の保全・再生といった取り組みが各地で進められています。これらの活動は、多くの人々の理解と協力があって初めて成り立ちます。ニホンイシガメが将来にわたって日本の水辺に生息し続けられるよう、私たち一人ひとりが現状を認識し、できることから行動していくことが求められています。