オオトラツグミ保護最前線:奄美の森林保全と外来種対策の現場から
オオトラツグミ保護最前線:奄美の森林保全と外来種対策の現場から
日本の豊かな自然が育んだ固有の生態系には、世界的に見ても貴重な生き物が多く生息しています。中でも奄美群島は、独自の進化を遂げた固有種が集まる生物多様性のホットスポットとして知られています。この地で絶滅の危機に瀕している鳥類の一つに、国の天然記念物であるオオトラツグミ(Zoothera dauma major)がいます。本稿では、この希少な鳥類の生態、現在直面している危機、そしてその保護に向けた現場での具体的な取り組みについて詳細に解説します。
オオトラツグミの生態と生息環境
オオトラツグミは、スズメ目ツグミ科に分類される鳥類で、日本では奄美大島、加計呂麻島、請島といった奄美群島の一部にのみ生息する固有亜種です。全長は約30cmと比較的大型で、全身が黄褐色に黒い鱗状の模様で覆われているのが特徴です。
主に常緑広葉樹林などの自然林に生息し、地上での活動が多く見られます。餌はミミズ、昆虫、カタツムリ、クモなどの土壌動物や林床動物を主に捕食します。繁殖期は春から夏にかけてで、樹上や低木の枝に営巣し、通常2〜3個の卵を産みます。
オオトラツグミの最も特徴的な点の一つは、その独特な鳴き声です。夜間や薄明時に「キーヨ、キーヨ」あるいは「ヒーツーキー」と聞こえるような、笛のような澄んだ声で鳴き、これが存在確認の重要な手がかりとなっています。警戒心が強く、人目に触れる機会が少ないことから、「幻の鳥」とも呼ばれてきました。
絶滅の危機要因
オオトラツグミは、現在、環境省のレッドリストで絶滅危惧IB類(EN:絶滅の危機に瀕している種)に指定されています。その主な危機要因は以下の通りです。
- 生息環境の減少・劣化: 森林伐採や開発による生息地の破壊・分断が進みました。特に、営巣や採餌に利用する自然度の高い広葉樹林の減少は深刻な影響を与えています。林道整備なども生息環境の分断や攪乱を引き起こす要因となります。
- 外来種による捕食: 奄美群島には、人間によって持ち込まれたフイリマングースやノネコ(野良化したネコ)といった捕食者が侵入しています。これらの外来捕食者は、オオトラツグミの卵や雛、そして成鳥を捕食し、個体数減少の主要因の一つとなっています。特に、地上での活動が多いオオトラツグミは捕食のリスクが高いと考えられます。
- その他: 交通事故(ロードキル)や、ネズミ駆除などのために散布される殺鼠剤の二次的な影響なども懸念されています。
保護の現状と具体的な取り組み
このような危機的状況を受け、オオトラツグミの保護に向けた多岐にわたる取り組みが進められています。環境省、鹿児島県、地元自治体、そして多くの自然保護団体や地域住民が連携し、活動を展開しています。
- フイリマングース排除事業: 奄美大島においては、1979年に導入されたフイリマングースが固有種に壊滅的な被害を与えてきたため、環境省が中心となり2000年度から大規模な排除事業を実施しています。罠の設置や探索犬を用いた徹底的な駆除活動が行われ、オオトラツグミを含む在来種の生息状況に改善の兆しが見られています。図1に示すように、広範囲で密度が低下しており、一部地域では根絶に近い状況も報告されています。
- ノネコ管理計画: フイリマングースの排除が進むにつれて、今度はノネコが主要な捕食者となる可能性が指摘されています。これに対応するため、関係機関はノネコ管理計画に基づき、段階的な捕獲と収容、譲渡などを進めています。ノネコ問題は地域住民の理解と協力が不可欠であり、啓発活動と並行して慎重に進められています。
- 生息環境の保全・再生: 重要な生息地である自然林の保全が進められています。国立公園や国指定鳥獣保護区の設定、森林管理における配慮などが行われています。劣化した森林の再生に向けた植栽や、林床環境を良好に保つための取り組みも模索されています。
- モニタリング調査: 個体数の推定や生息分布の把握、外来種の影響評価のために、様々なモニタリング手法が用いられています。
- 音声モニタリング: 自動録音装置を設置し、オオトラツグミの鳴き声を自動認識する技術(図2参照)を活用して、広範囲の生息状況や繁殖期の活動状況を効率的に把握しています。
- センサーカメラ調査: オオトラツグミの活動場所や営巣地周辺にセンサーカメラを設置し、生息確認や捕食者の侵入状況などを記録しています。
- 痕跡調査: 糞や足跡、食痕などの痕跡から生息を確認する調査も行われます。
- 市民参加型モニタリング: 地域の自然愛好家やボランティアが、鳴き声を聞いた場所や時間などの情報を収集・報告することで、広範な生息分布情報を得るための貴重なデータが集められています。
- 傷病個体救護: 交通事故に遭った個体や衰弱した個体などを保護し、治療・リハビリテーションを行い野生復帰を目指す活動も行われています。奄美野生生物保護センターなどがその役割を担っています(表1参照)。
最新の研究成果と現場への示唆
近年、オオトラツグミの行動圏や生息密度に関する研究が進んでいます。音声モニタリングデータの解析により、個体識別や行動様式の詳細が明らかになりつつあります。これらのデータは、フイリマングースやノネコの駆除効果を評価したり、生息地の優先順位付けを行ったりする上で非常に重要です。
また、ボランティアを含む市民の参加による鳴き声モニタリングは、専門家だけではカバーできない広い範囲の情報を網羅的に把握する上で大きな力を発揮しています。効果的なモニタリングのためには、鳴き声の識別技術の習得や、情報収集フォーマットの統一などが重要となります。地元の自然保護団体などが開催する研修会などに参加することが、現場での活動の質を高める上で有効です。
今後の展望と活動への参加
オオトラツグミの保護は、長期的な視点での取り組みが不可欠です。フイリマングースの根絶、ノネコ問題の解決、そして質の高い森林環境の維持・再生が今後の主要な課題となります。また、気候変動が奄美の森林生態系に与える影響についても注視していく必要があります。
保護活動に関心のある方は、環境省の奄美自然保護事務所や鹿児島県の関連部署、奄美大島で活動するNPO/NGO(例:奄美野鳥の会など)のウェブサイトやイベント情報を確認することをお勧めします。モニタリング調査への参加、外来種対策への協力(適切な飼い猫管理など)、啓発活動への参加、あるいは寄付を通じた支援など、様々な形で保護活動に貢献することが可能です。
オオトラツグミが奄美の森で安心して暮らせる未来を築くためには、多くの人々の理解と協力が求められています。現場での地道な活動の積み重ねが、この貴重な固有種を守ることに繋がります。
(注記:図1、図2、表1は架空のものですが、実際の報告書などで用いられる形式を想定して記述しています。)